こちらは、日本BtoB広告協会が発行している月刊「BtoBコミュニケーション」2018年1月号に記載されています。

昨年の残念ワードは「炎上」と「信頼失墜」

年末になると、大手海外メディアがそれぞれ恒例の「その年を振り返る」記事を出していたが、昨年も多くの企業スキャンダルが報じられたことは、多くの方の記憶に残っていることかと思う。その中でも特に目を引いたのが、「SNSで炎上」と「日本企業の信頼失墜」である。幸い、この2つが1つのスキャンダルの中で語られることは、今のところなかった。またこれまで、SNSでの炎上は、エンドプロダクトや対面での接客サービス、また広告クリエイティブが主たる接点であるB2Cの業種において発生することがほとんどであった。しかしながら、各メディアの情報源としてもSNSの重要性が益々高まる昨今、この先もずっと「B2BのスキャンダルにSNSは無関係」とは言えるはずもない。

そこで、様々な疑問が頭を過る。本誌の読者は、「B2BにおけるSNSの炎上」について、果たしてどれくらい対策をしているのであろうか。社内や取引先とのセクハラや差別の噂話、データ改ざんや環境被害等の疑いは、誰もが、いつでもSNSに書き込める時代である。特に、米国や欧州の現地法人の活動については比較的「現地任せ」になりがちな日本企業の場合、どこまで現状を把握しているのだろうか。また、サプライチェーンが複雑化する中で、原材料や部品調達などの中間工程で係る企業の労働環境その他の評判をどこまで調べることができているのだろうか。仮に苦情や告発がSNSに書かれた場合、炎上する前に察知して対処する備えはできているのだろうか。仮に一気に炎上してしまった場合、打ち手(初手)に対する世間の反応や、沈静化に向かう状況判断をするためのリアルタイムな情報収集体制をすでにお持ちなのだろうか。

もしできていないとすれば、早急に何らかのシステムを構築することを強くお奨めしたい。何故ならば、人種も文化も異なる世界各国の情報を得るには、立場やプロセスを重んずる日本人的なやり方では圧倒的にスピードが遅いからである。2017年8月の時点※で、毎分、24万件以上の写真がフェイスブックで投稿され、35万件以上のツイートがされ、同時に70万時間分もの動画がユーチューブで視聴されていると言われている今日、壁にある耳と、障子にある眼は、多言語・マルチチャンネルなデジタル仕様に張替えなければ、目隠しで世界を歩く旅人と同じである。現地の人々は、右も左も判らない旅人を助けてくれるかも知れないが、逆に判ったつもりで高をくくる旅人に対して牙をむく可能性もある。どちらが良いか、それは聞くまでもない。

※出典:go-globe.com

「ビリーフ・ドリブン」という新たなスタンダード

そもそも、「SNSの炎上」や「日本企業の信頼失墜」がここまで深刻なトーンでメディアに取り上げられるようになったのは何故か。もちろんこれまでも似たような事件や事案が無かった訳ではないが、昨今ほどの重みを以て、ズシリと世界中の記憶に刻まれることはあっただろうか。このような性質の変化を理解するためには、「ビリーフ・ドリブン」といわれる新たな消費者ニーズの台頭を理解する必要がある。

私たちは通常、製品・サービスの機能や品質、デザイン、価格、スピードなどの利便性といった物理的・機能的な価値で差別化を図ろうとする。これからも、その点における企業努力の重要性は変わらないが、コミュニケーションの観点から言えば、その差異性はほとんど知覚できないレベルになっていることも事実である。iPhoneが発売された当初のスマートフォンや、業界のビジネスモデル事態を変えたAirbnbほどの革新は、そう頻繁に出てこない以上、そのほとんど知覚できない差異性を「誇張しすぎない適切な範囲」で伝えることは非常に難しく、情報の受け手のことを考えても、そのようなコミュニケーションスタイルでは効果を感じられない時代になってきていると言える。また物理的・機能的な価値を追求し過ぎたことが、取引先でのデータ改ざんや配送人員の不足等の歪みを生む一因になったことも否定できない。

それに対して「ビリーフ」とは、自分が共感する価値観や信念を指す。そして、そのような価値観や信念に対してこだわる購買態度等を「ビリーフ・ドリブン」と呼ぶ。この領域でのコミュニケーションをマーケティングやブランディングの中心に置いている企業がまだ少ないからこそ、人はそこに差異性を見出そうとしているのである。また、いつまでも前進しない社会的・政治的な問題について、もはや「政治家や行政への一票」ではなく、「購買という一票」を投じることで、企業が持つ影響力に期待する人が増えている。それどころか、ジェンダー、移民、環境などの諸問題に対して企業が発する声や姿勢だけを理由に購入するブランドを選択したり、ボイコットする「ビリーフ・ドリブン」な購買者が、世界には50%も、日本国内でも39%いることが、弊社の独自調査「エデルマン・アーンドブランド」から判っている。この潮流は、IBMやパナソニックが日本でLGBTQの道を切り拓くきっかけになったことからも、実感を伴うものではないだろうか。

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世界の50%ということは、消費者の50%ということは当然ながら、実際には生活者・就業者の50%でもある。B2Bの取引環境や文脈においても「ビリーフ・ドリブン」な意識やニーズがあるからには、自社やクライアント企業だけでなく、サプライチェーンのすべての工程に係る取引先の被雇用者の50%も対象となってくると言えるが、ここで2つのシナリオを頭に思い浮かべてほしい。 1つは、その50%の人が、あるいはその家族や友人が、社会性の高い自分の価値観や信念に反するようなことに立腹してSNSに書き込んだことを、遠く離れた日本からは察知することができず、国境を越えてどんどん拡散し、対応が遅れ、やがて海外メディアの目に留まり、売上にも、ひいては採用活動にも大きな影響が出ることを妨げることもできなかった状況を想像してもらいたい。 もう1つは、何事も起こっていない今のうちから、そして多少なりともまだ予算の捻出が可能なうちに、米国・欧州・中東・アフリカ・アジア等の主要言語で、膨大な数のSNS投稿と主要メディアの報道を24時間365日トラッキングするシステムを設置しており、そのお陰で、早めに異常を検知し、炎上する前に適切なコンサルを受けることができた状況を思い描いてほしい。 さて、どちらのシナリオを採るか。旅人の運命は、本誌読者の決断にかかっている。 デジタルな耳と眼を備えた「コマンドセンター」 人間離れした聴覚と視力を持つスーパーマンでさえ、より多くの情報を集めるためにクラーク・ケントとして報道機関で働くことを選んでいるが、現実にも世界中のSNSとメディアの中から、重要なキーワード(例:企業名、CEO等の氏名、製品等の名称)の発現とその内容をリアルタイムに聴いて見ることができるスーパーマン並みのシステムがある。弊社ではそれを「コマンドセンター」と呼んでいる。日本にいながらにして、187言語、257カ国、ツイッター・フェイスブック・インスタグラム・微博等の主要SNS、1億5千万を超えるウェブサイトやブログ、25万のオンラインメディア、8,000以上の紙媒体、2,500 のTV局・ラジオ局のモニタリングを行う、まさに「指令室」と呼ぶにふさわしい武器を手に入れることができるのである。新聞記事等を1つずつクリッピングしていた時代を考えると、文字通り桁違いの聴覚と視力である。 コマンドセンターでできること・見えることは、主に3つある。 (1)SNS投稿や記事の量(時系列・地域別・言語別に表示) (2)SNS投稿や記事の拡散経路(起点となった・拡散力の高い投稿やアカウント) (3)個々のSNS投稿や記事の内容および論調 例えば、図1左では、前週の言及数(Mentions)3.6Kと比べて、今週の言及数は1300%の49.5Kに達したことを示している。同様に図1右では、前週の最大リーチ数(Potential Reach)41.4Bと比べて、今週の最大リーチ数は281.7%の158.2Bに達したことを示しているが、これらの指標の増加数ないしは増加率に応じて、警告メールを関係者に自動送信する設定ができるため、異常時にはすぐに事態の深刻度を測ることが可能となり、即応すべきか・静観すべきかなど、判断を見誤ることによる2次被害を防ぐことができる。一見、あまり重要性を感じない点かもしれないが、現状把握を怠ったためにフライングしてしまい、反って火に油を注いだケースは驚くほど多い。 注:K は1千、Bは10 億

metrics

 

図2では、炎上の大部分が欧州およびアメリカ合衆国で発生していることが初見で判るが、人口を考えると、同時にタイも見過ごして良いものかどうか、検討する余地があることを示している。通常であれば、ついつい見落としてしまうことではないだろうか。

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また図3では、炎上のきっかけとなったオンラインメディアの記事(下から2行目の濃い青色の点)が、初日に幾つかのブログ(一番上の行の緑色の点)で引用されたことが、数日間でSNSでの拡散(一番下の行の水色の点)に勢いをつけている様子が確認できる。ここまで見えるからこそ、火元に遡って丁寧な状況説明等を行う選択肢を議論することができるため、場合によっては早めの鎮火の可能性も高まってくる。

図3

さらに早期に炎上のリスクを警戒したいという慎重派な読者には、さらに推奨したいことがある。それは、自社名等の発現をモニタリングするだけではなく、懸念事項となりうるキーワードをウオッチングすることである。例えば、日本国内で言えば「自殺」や「過労死」というキーワードを考えてもらいたい。これまで特に騒ぎにはならなかったことが、まったく別の業種業態の企業がきっかけで、世間が注目するホットトピックになったとする。しかしながら、自社でも数年前に発生した事案があったため、告発等が起こる前に自ら公表したケースが実際に見られたが、このような「今後、炎上の可能性のある関連ワード」は、メディアや消費者が普段から何を気にしていて、どのような価値観や信念に共鳴するのかを、しっかりと調査し、関係部署とも議論していけば、事前に想定することが十分できるはずである。このような懸念事項となりうるテーマの動向も把握できれば、自社名の発現が起きるかなり前から、最善の対応をコンサルタントに相談することも可能であろう。

それでも「いつ起こるか判らない非常時のためにコストを割くことができない」という方は、マーケティング・ツールとしてもお使い頂けることを付け加えたい。実際にあった例では、プロモーション用の動画をSNSで拡散した時がある。元々は3か国での展開を想定して、英語以外の字幕処理を施し、対象国のユーザーの目に留まるような施策を打っていたが、コマンドセンターを使って、どの国でどのような反響が出ているのかを見ていたところ、友達から友達へとシェアされた動画が国境を越え、当初想定していなかった国で再生数が伸びる兆しが見られたのである。例えば、欧州向けのキャンペーンを開始したところ、欧州を飛び出してインドネシアのSNSで共感を呼んでいることが判ったというような状況である。この想定外のシナリオをリアルタイムに察知したことで、開発チームは即座に字幕を翻訳し、インドネシアでの拡散に拍車をかけることができた、という流れである。つまり、コマンドセンターのようなツールは、護りの武器としてだけでなく、攻めの武器としても活用することができるのである。そして、日本にある本社としては、海外で実施しているプロモーションについて、報告を受けずとも把握できることも魅力ではないだろうか。

2018年の開運ワードは「転ばぬ先の杖」

ここまでで、コマンドセンターによる日ごろのモニタリングが、如何に日本企業の耳と眼となって、普段は把握しにくい海外での炎上リスクに対する心強い味方になってくれるかがお判り頂けたかと思う。もちろん類似のツールは非常に多く、すべての企業が、膨大な数のSNSとメディアを網羅する必要もないだろう。各社のニーズに合わせて、大小様々なものを検討・採用して頂きたい。いずれにしても、日本企業というだけで、これまではかなりの下駄を履いていた「信頼」がガタガタと揺らいでいる今日、追い討ちをかけるような炎上が起きないことを切に願いたい。下駄を履かずに信頼を得るのは、プレゼン下手な傾向がある私たち日本人には決して楽なことではないが、一度落とした信頼はより大きな代償を伴う。その点においては、本音を言うとB2BとB2Cにまったく違いはない。何故ならば、それは自社および代理店の勝手な区分であり、情報の受け手である消費者、学生、社員、取引先からしてみれば、ジェンダー、移民、環境などの諸問題に対する企業の声や姿勢は、すべて「ヒューマンな問題」であり、H2H(Human to Human)という点では、等しく一人の人格だからである。

エデルマン・ジャパン 宮崎陽介 山下恒巳 半田薫子 塚田絵玲奈